午前中、昨日の夜失敗したものを改めて試してみる。僕に似合わず、キレイな作品ができそうな予感がしたのだが、そもそも物理的に不可能なプランなのではないかという予感が的中し、かなり難しいことが判明。こんなものは別の機会に別のプランとして時間をかけて造れば良いので、そもそも今回の目的と違いすぎるということから、「いったい何をやっているんだろう」という気持ちになってくる。ついでに、絵も描いてしまう。絵を描き始めるときは脳みそが落ち着いていない証拠であり、絵を描くことで焦りを抑えようとしているのではないかと、自分を分析。

ぐだぐだしていてもしょうがないので、電話連絡を一本入れ、山を降りる。

芦辺に行ってご挨拶二件。ここまでの事情をそれぞれの場所で簡単に話す。「ひきとおし」についての話を少ししてみたのだが、やはり僕が提案している「海鮮ひきとおし」というのは、何か違うようであった。もしやるにしても、まずは鶏を絞めるところから一度教えてもらい、その後ではないかとの気持ちが芽生える。

芦辺地区にある「ちんちりがんがん」という祭りのタイル。そういえば、三味線が特徴的だというお話を聞いていた。これに関連して一つプランは思いついていたのだが、もう少し詰めてからでないといけないと思いつつ、早めに交渉しなくてはとの焦りも同時ある。芦辺地区は、すでに若者がいろいろな動きをしているというだけでなく、この「ちんちりがんがん」も約三十年以上前から保存のための動きがある。平成四年には「ちんちりがんがん」の過去と現在を記録した「芦辺祭今昔集」として地域有志によりまとめられた本が出版された。その本によると芦辺祭には約三百年の歴史があるそうだ。本の出版後、名前を「ちんちりがんフェスタ」とし、形を変えながら今でも継続されている。「ちんちりがんがん」とは祭囃子の音から来ているそうだ。この祭囃子の中に三味線が入っているというのが特徴。たいへん興味深く思い、前回の滞在でインタビューもさせて頂いている。しかし、すでに街の住民が十分創造的に活躍し、文化的な行事もあるので、僕が作品として切り取ることにどのような意味があるのか、少々後ろめたさを感じる。もう少し考えなくては。独自に文化を守り、若い新しいお店などもあることから、街の人の文化事業に対する意見も気になるところ。

その後小崎地区で一件ご挨拶。こちらの地区も気になっている場所だ。来る前にいろいろと調べてきた。しかし、前回の滞在であまり時間をかけることができていない地域のため、まだまだこれからと考えている。小崎は海士の街だ。こちらも独特の風習がある。ここの海士は、フンドウを使い何十メーターも一気に潜り、アワビなどを収穫する。僕は海底の変化の話に興味がある。数十年前と比べても藻の量が違うそうだ。その為、アワビの収穫量やサイズに変化が出ている。調べると、江戸時代から現在にかけて、収穫している獲物が数度変化しているようだった。どういうことがきっかけなのか分からないが、これも海の変化の影響なのだろうか。

最後は芦辺浦でお世話になり泊めて頂いた。ヨソモノを泊めてくれる多様性に寛容なKさんに感謝。それから、一緒に飲んでくれたHさんに感謝。

シェアする

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメントする